社長エッセイ

ニーズで動かすか、ウオンツで動かすか

 我々コンサルタントは、相手を動かす、あるいは動いてもらう、つまり「相手の変化を促す」ことが仕事だという話しを私は常々します。そして相手を動かすための仕事は、まずその相手から話しを聞くことからすべてが始まると思っています。直接相手の話しを聞く。現場を見て相手の生活や生業にも触れ、相手を理解する。その上で、専門家として持っている自分の知識やこれまでの経験を総動員して考え、それを相手に提案するのがコンサルタントです。「提案」の中味自体はそれぞれのコンサルタントで違います。行動であったりレポートであったり、人柄そのものであったり。あるいはその総合力なのかもしれません。いずれにしろ、それで相手が動いてくれるかどうか、まさにその提案力が我々の腕の見せどころになってきます。こうなると大変な稼業だと思います。でもそれがコンサルタントという仕事、だからやりがいがある。

 その最も基本である聞く力について。阿川佐和子さんの「聞く力」という本があります。昨年、100万部以上売れた本は、これだけだったそうです。先日の日経新聞に彼女がインタビューされた記事が載っていましたが、そこに『「聞く」ことには技術と意志が必要』だとありました。つまり、聞くだけでも腕が必要、これだけでも立派な稼業だという訳です。我々コンサルタントはそれに加えてさらにレポート書いたり、分析したり、プレゼンしたり、提案したり、が加わってくる。そのすべてに一流でありたいと願います。阿川さんの場合、相手から面白い話しを引き出してそれを週刊誌に載せるのが役割、その点はコンサルタントとは違いますが、共通しているのは、いかに相手にリラックスしてもらい、いかに本音を語ってもらうか、それを引き出す「技術」ではないでしょうか。我々インタビュアーにとっては、それが事実かどうかは分からないけど、少なくともそれが相手の「本音」であるということ、それを我々が知るということ、それがまずとても大事だということです。そこを自己流で解釈してしまうと提案どころではなくなってしまう。提案できたとしても意味がない。

 我々の業界では「ウオンツ(wants)」という言葉を使います。では、よくいわれる「ニーズ(needs)」との違いは何か。私自身は、ウオンツとは相手が今現在望んでいること、つまり本音。ニーズとは相手が仮に自覚していなくとも、相手が「変化する」ために必要なことだと考えています。例えば、子供への基礎教育。子供が自覚していなくても、彼らの成長のためには当然必要なこと、ウオンツとは大きな違いがあります。

 コンサルタントの究極の役割とは、まず相手が動きだし、そして「望ましい方向」、つまりニーズのある方向に変化するよう、そのきっかけづくりをすることだといえます。そのために我々は相手を知り、相手に問いかけ、相手に合わせた提案をし、相手が動くのをファシリテートするということです。その一連のアプローチそれぞれに技術が必要ですし、コンサルタントそれぞれでどこにどのくらい重みづけをするのかは大きく違ってくるのだろうと思います。

 私自身のことを書くと、最近になって、私はこの重みづけをもっと変えた方が良いだろうと思うようになってきました。かつて、私がいわゆるこのソフト系コンサルタントとして駆け出しの頃(といっても40歳を過ぎていましたが)、しばらく「参加型開発専門家」を標榜していました。ちょうど日本の援助業界がハード重視からソフト重視にシフトするタイミングだったので、自他ともに盛り上がって楽しかった時期です。その時は、ロバートチャンバースがいうように自分から様々なバイアスをできるだけ消したくて、相手(多くは農民でしたが)の言うこと、考えることをかなり重視して物事を進めるようにしていました。だから私のファシリテーションには「何故?」「何故?」が多い。相手に気づいてもらわないといけない、気づかなければ行動が始まらないと思っていたからです。

 それはそれで正しい、と今でも思います。でももっと違ったやり方があったのかもしれない、違ったやり方をとりたいと思うようになっています。具体的に言えば、もっと相手を自分が考える「相手のニーズ」に向かって引っ張っていった方が良いだろうということです。理由の一つは、相手が動くのを待つだけではとても時間がかかるということ。二つ目は、いかに意識してもバイアスは決して消せる訳ではなく、程度の差はあれ、いずれにしろファシリテーションしながら自分が思う方向に相手をガイドしているということ。そしてもう一つ重要なことは、これをやっていると自分自身の提案力が落ちていくということの気づきからです。

 もちろんその一方で、提案ばかりで相手を引っ張りすぎてしまってもダメ。仮にうまくいったとしても、今度は相手の依存心を生むだけで、自分がいなくなった途端に相手の行動もとまることになりかねない。いわゆるサステナビリティがなくなる恐れがある。だから我々コンサルタントは自分だけで頑張りすぎても良くない、それは結局、自己満足に過ぎないことになります。自分がどこまで相手の中に入っていくのか、入っていかないのか、ホトトギスが鳴かないのであれば、「鳴かせてみよう」とするのか、「鳴くまで待とうとするのか」、このあたりのバランスは相手に合わせて変えざるを得ないと思います。

 相手のウオンツを理解する、それは否定しない、それをきっかけにしてともかく相手と一緒に動き出す、そしてこちらからの「提案」で相手のニーズに向かって変化、あるいは軌道調整をしてもらう、それを一緒にやりましょうと側面支援する。そんなことを考えながらこれからのコンサルティング業務を続けていきたいと思っています。

 岡部